スペイン・バルセロナから~
インスタ上には、ウォルフガングティルマンス、トーマスルフ、ハンスピーターフェルドマンなどの写真たち、何着かのシャツと櫛…初めはスルーしかけたものの、違和感を感じてすぐさま見直す。アイテムの投稿には、キャプションがずらっと書かれていた。ウェブサイトを開くとコンセプトが記載されている。
スペイン・バルセロナに拠点を置く2020年からスタートしたブランド“Alguien(アルギエン)”。ファッション・アート・クラフト・パフュームの四つから構成されたプロジェクト。クラフトを創造と緻密性の一形態と考え、歴史ある製造業と工場を存続することを目的に、現代アートをインスピレーションとしたデザインをハイクオリティなプロダクトに落とし込む。ほとんどのモデルが手作業かつ数量限定で生産されており、シーズンレスのコレクションの発表を続けている。彼らの哲学の根底には、古きよきものに現代的な感覚を融合させて、伝統を通して新しいものを創造するという信念がある。
FOMEではスーザン・アベリア・ブレスといったブランドを取扱いしているが、それぞれに共通点がある。似ている部分もあれば違う部分もあり、その二つが共存することで生まれる化学反応・ジナジー効果がセレクトブランドや古着を取り扱っているうえで、面白い側面の一つだと考えている。
Alguienは共通するアート的な要素があり、他とは異なるクラフトワーク・パフュームといったクラシックな要素がFOMEにはなかった。この要素がFOMEに入るとお店としてより一層面白くなるのではと感じた。また名前はスペイン語で“誰か・匿名”という意味で、そこもなぜか惹かれてしまう部分だ。
彼に興味を持ち、より深く理解したいと思い、一通のメールを送ってみる。返信はすぐ返ってきて、まだ表面しかわからない(インスタにはほとんど情報がない)Alguienを詳しく教えてもらった。
まず彼らにはシーズンという概念がない。一般的なファッションブランドにはss/awという2回のシーズンに分けられコレクションを発表する。それは発表しなければならないという制約がある以上、体力的にも精神的にも圧力がかかり自由なクリエイティビティを疎外する可能性がある。その分、彼らは手作業にこだわったモノづくりと自由な創造を重要視するので、毎シーズン発表ということをせずに、彼らのペースで本当に作りたいものを、自分たちのペースで作っていくのだ。またほぼすべてのアイテムをリミテッドにしており、その数を生産するとその発表は終了する。売れ行きが良いアイテムは生産を続けるなどというコマーシャル的な考えが一切ない。
現在作っているコレクションは全部で5つだ。デザイナーが所有するアートワークをそのまま別のオブジェクトや衣類にトランスレートする研究の結果を表す”Private collection”、ドイツ人フォトグラファーのThomas Ruffからインスパイアされた“Portrait”、彼らの哲学であるオールドとコンテンポラリーの融合を根幹とする”Perfumes“、バルセロナの小さな工場で職人により手作業で作られるシャツのベーシックライン”Permanent collection”、デザイナーのルーツから受け継いだ古典的なブランドとのコラボレーションライン”Editions”の5つのコレクションを展開している。
“Private collection“は、彼らがリスペクトするアーティストの作品に敬意を込めたコレクションだ。実際にある作品をそのままシャツに引用する実験的な取り組みである。これはNYなどのストリート・アートシーン、またミュージックに見られるサンプリング的な手法と、信頼を置く歴史あるバルセロナの工場にハンドメイドで作られたシャツのクラフトワークとのコラボレーションだ。
またベッヒャー夫婦のもとで学んだトーマスルフの代表作の引用である”Portrait”シリーズ。トーマスルフのポートレートは、友人たちを均一な画格と表情の写真を210cm×165cmのサイズでプリントして並べたシリーズで、彼らの個性を排除したまるで感情がないロボットのようである。このトーマスルフの作品は、芸術の2次産業として扱われていた写真産業を1級産業への仲間入りにする手助けをした重要な作品のようだ。そういう背景を聞くとAlguienがこのコレクションを発表した意義がより強く感じられる。”Portrait”はデザイナーと関係性を持ったアーティストなど33人のポートレートを30枚のシャツにプリントしたコレクションである。トーマスルフと異なるのは、人間性を感じさせない写真を使用しながらも、プリントの配置を変えることで彼らの性格などを表現するデザインだ。自身の性格と照らし合わせながら自分に合った1着を選ぶのも楽しい。
“Perfumes”は、デザイナーがブランドのコンセプトとスピリットが最も染み込んだものであると考えており、その存在自体が彼らを作りあげる1ピースとして重要視される。それは、デザイナーが育ったスペインのバスクからバルセロナ、また世界を旅してきた国々の空気感・音・風景などを集約したものが香であると考えているからである。彼が経験した自身の歴史と、今日を含んだ現在をミックスしたものが、”Perfumes”である。
“Permanent collection”はAlguienが始めた最初のコレクションだ。ヨーロッパの歴史ある希少なファブリックのみを使用したベーシックなシャツラインだ。永久ということもあり、Alguienで唯一生産数を限定していないコレクションである。
最後の”Editions”は、歴史あるメーカーとのコラボレーションラインである。コラボレーションしているスペイン・バスク地方で生まれたElosugui、イギリスの櫛メーカーKENT、フランスの食器ブランドDuralexは、すべてデザイナーの先祖から受け継いできたものだ。このラインは、Alguienの中でも最もパーソナルなラインといえる。
いままでこのようなブランドに触れたことがなかったので、頭の中で整理するのが難しかった。彼らのコンセプトには、オールドとコンテンポラリーの融合がある。側面には、バスク地方で生まれてバルセロナで生活をしてたくさんの国を旅して得た経験や、その中にあるアートやファッションがすべて含まれている。また各アイテムには、すべて手作業で制作された専用ボックス、コンセプトを記載した手紙が入っており、その細かな気配りはモノづくりに対する妥協しない信念が感じられる。そして、デザインをそのまま引用する手法は、何事にも恐れないストリートシーンから生まれたデザイン手法と、似た部分を感じ、それをこの品のあるアイテムたちに使用するアヴァンギャルドな姿勢は、マルジェラがアーティザナルラインを作った行為と似たニュアンスを感じる。全ての事柄がバランスよく配分されており、いやらしさを感じない。
服は白シャツのみなので、いつものFOMEのポップな印象とはかけ離れているかもしれません。それでも、好奇心が勝ってしまい取扱いさせていただくことになりました。実際にシャツを着用すると、ボックスシルエットで日常着としてとても着やすい服たちです。”Perfumes”の香水と、”Editions”から小物などもご用意させていただきました。
まだまだ伝えきれていない部分がたくさんあります。デザイナーとバルセロナでお会いした話などもあるので、お店に着てゆっくり話しましょう。それではお待ちしてます。
倫太郎